タワーについて

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佐藤泰裕 SATO Yasuhiro
 

 株式会社タワー

 学習塾を4年間経営したあと不動産業界入り。レオパレス時代には最優秀社員として何度も表彰を受けている。

 その後独立。地方の受験生と都市の大学を橋渡しする独自のビジネスモデルを考案し自社を大きく成長させる。

 現在は物件管理業を行うとともに、「満室請負人」として、契約者の物件を満室にすることを仕事としている。現在まで満室にした部屋数は2500室以上。管理を委託された物件は全て満室にしている。

 オーナーの利益を最大限にすることが事業の中心である。平成26年10月からは出版セミナーによるオーナー教育も開始し、成功するオーナーが一人でも増えるように活動している。


営業時間

■平 日(月、火、水、木、金)9:00から18:00まで
■土曜日           9:00から12:00まで
■日曜日、祝日        お休み
緊急時には24時間365日対応しております。


株式会社タワー 社長 佐藤泰裕(さとうやすひろ) ご挨拶

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佐藤泰裕 経営指針

1、不動産業から「軸足」をぶらさない。

2、何をするかより誰とするかのほうが重要。

3、常識は疑う。 

4、すべての人にドラマがある。そのドラマに寄り添う。

5、人の言うことは聞かない。聞いたことは、頭が痛くなるくらい考えてみる。

6、断らない。

7、やり抜く。

8、負けても負けを認めない。勝つまで辞めない。

9、お金は入るときと、出るときに細心の注意を払う。

10、きちんと、きちんと、積み上げる。

11、真面目にそして真剣に取り組む。

12、2択になるまで、深く深く考えて、2択になれば選択を誤らない。

13、早くそして速く。

14、反省はするけど、立ち止まらない。

15、分け合う。

16、奪わない。人の不幸の上に成り立つ幸せはない。

17、予防する。用心深くする。勝負時がきたら待ったなし。

不動産業界に入るまで

 私の暮らす北海道旭川(あさひかわ)市は人口34万6995人の地方都市。

昭和44年に祖父と祖母が北海道上川郡(かみかわぐん)剣淵町(けんぶちちょう)にあった田畑を売却し、その資金で購入した土地が北海道旭川市神居(かむい)7条3丁目1番7号。現在私の暮らしている場所です。平成13年 父が住宅兼店舗を建て、そこでさとう理容院を経営しています。

 私は、ひとりっ子なので、さとう理容院の後継ぎをした方が良いのでしょうが、床屋さんにはならず、別の道に進みました。ですから、場所だけを後継ぎさせていただきたいと思い、ここを職場として選びました。

 生まれてから18歳までは神居に生活していました。

神居保育園 ぞう組

神居小学校 1、2年2組 3、4年1組 5、6年4組

神居中学校 1年1組 2年3組 3年5組

旭川北高校 1年1組 2年3組 3年3組

という経歴です。

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不動産業との出会い

 高校を卒業後、自営業を志していた私は、18歳~22歳まで小さな学習塾と家庭教師をして働いていました。

 20歳の時、5歳年下のいとこの家庭教師を引き受け、いとこの家に通うようになりました。いとこの父親(私にとって叔父)と話す機会も多くなり叔父が不動産会社を経営していたことから、不動産に興味を持ち始め、勉強をはじめました。

 22歳の時に不動産会社から出向で、日動火災海上保険株式会社(現:東京海上日動火災保険株式会社)に13ヶ月勤務していました。旭川支店 営業第1課に配属され、青山さんという上司の元で損害保険の営業を教わりました。

 家族、親戚、友達しか保険に加入してもらえず、困っていた22歳の私に青山さんは、「佐藤くん、給料はすべて、お客様との時間に使えよ」アドバイスをくれました。

 その時はアドバイスの意味が解らないながら、上司に忠実な私は、お昼も夜も食事はすべてお客様になっていただける見込みの人と食べました。みるみるお金はなくなりましたが、そうこうしているうちに、少しづつお客様も増え、歩合の給料も増えていきました。

 結果、12ヶ月後には同期の中で全国で7位の成績を収めることになりました。

 「出張で泊まる時は、安いビジネスホテルではなく、一流のホテルに宿泊するように」とも教えられました。今となっては本当に大切なことを教えていただいたと感謝しています

 23歳で、北海道旭川市4条19丁目で旭川第1号の「アパマンショップ」の2代目店長に大抜擢され、本格的に不動産に関わるようになりました。

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TOWER始動

 28歳だった2006年に北海道旭川市で個人事業を開始しました。近い将来の法人化を見据えて、3人の仲間で会社の名称を決めることにしました。

1、造語ではない単語

2、シンプル 記号的なもの

3、言葉の組み合わせではない

4、マンションを感じる語感

という条件のもとに、19:00からはじめた名称決定会議も深夜を迎えようとしていた頃に、私以外の2人が泥酔状態の中決定したのが「TOWER」でした。「タワー TOWER」には 「不動産業を軸に 情報の受信そして発信をする会社にしたい」との願いが込められています。

 株式会社タワーは2008年4月1日に発足しました。札幌市中央区のマンション901号室で始めた当時30歳の佐藤泰裕の個人プロジェクトでした。

  • 「アップル」社のiPodやiMacに感動し、製品やパッケージ、広告に影響を受け、アップル製品を購入しました。
  • 「ソフトバンク」の携帯電話参入に、既成概念を壊すようなベンチャースピリットに熱いものを感じdocomoからソフトバンクに乗り換えました。
  • 「ライブドア事件」を傍目に見ながら社会経済という世界になんとなくビビりながら、堀江貴史さん発言や著書に影響をうけました。

 30歳。怖いもの知らずで始めた、現在となって思えば若気の至りのようなものだったわけです。

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SAPPORO LIVE

 株式会社タワーが法人化した2008年4月に最初に発売した商品は、高校3年生応援プロジェクト「SAPPORO LIVE」です。北海道内各地にいる5万人の高校3年生を対象に、旭川や函館、帯広や釧路など・・・地元にいながら進学先の札幌の部屋を探せるという商品です。

 毎週土曜日、日曜日、祝日はお部屋探しガイダンスを主催し、稚内、苫小牧、北見などに出張し、そこに集まる高校3年生に札幌のお部屋を紹介し、月曜日から金曜日は札幌にて管理物件や紹介物件を探すためにアパマンオーナーや管理会社を訪問するという毎日でした。

 たくさんの方々の協力により、一時は成功と感じる時もありましたが、経営者として完璧に力不足でした。売上を上げることができる営業マンだけでは経営はできませんでした。

 ホームページを作ったり、リーフレットを作ったりと思いや考えが形になることはとても楽しいものでしたが、形になればなるほど、経営というのは総合的な実力がないとダメだということを思い知る結果になってしまいました。

 結局、SAPPORO LIVEは2年間の新規募集と6年間の管理運営で一時お休みすることとなってしまいました。

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挫折

 自宅兼事務所はお客様も呼びづらくカッコ悪いという理由で、札幌市中央区北2条にテナントを借り、事務所を運営しました。そうするとすぐに「従業員が必要だ」と考え雇用しはじめました。従業員を雇用し、自宅から会社に通うと売上が伸びると考えていたのかもしれません。

 2010年4月には、旭川市6条通の5階に事務所、6階に自室を借りて、旭川支店を運営しはじめました。札幌と旭川の往復が起こりはじめ、旭川にも従業員が必要と考え、旭川でも雇用しました。

1、札幌 マンション

2、札幌 テナント

3、旭川 テナント

4、旭川 自室

と合計4室を行き来しながら、仕事と生活をしていました。

 30代の管理会社の経営者として無理なことをしていたのは、今となってはよくわかります。売り上げの大半は給与と賃料に充てなくてはならない状態でした。当時所有していた車も売り払い、支払いに充てたこともありました。親や友人に頭を下げて、お金を借りて支払いをすることもありました。こんな状態でも、経営者なんだと自分に言い聞かせながら、大変忙しく感じており、苦労も仕事のうちと思いながら、自分と会社の体裁を維持していくために必死だったのだと思います。

 一日の大半を事務所で過ごし、従業員の働きやすい環境を整えることに必死になり、株式会社タワーにとってそして自分にとっての顧客とは誰か??という命題すら分からなくなり始めていきました。その頃にお付き合いいただいたオーナーには申し訳ないことをしていたように思います。

 管理会社として職場は、「事務所」は必要だと思いますが、現場つまり各所にあるアパート・マンションが一番の職場だと思っています。

 結局4室全て解約し、旭川市神居に戻りました。

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再始動

 2014年4月から1年間の第8期。いろいろありました。本当にいろいろ・・・。

 平成26年3月28日から平成26年6月2日まで、北海道旭川市を本社とする株式会社アーバンライフ建築総合研究所に在籍しており、部長職として賃貸事業部、管理事業部の両輪を任せて頂き、サラリーマンとして勤めておりました。

 たったの2ヶ月程の経験でしたが、自分がこれまで身につけてきた実力を試みる良い経験になりましたし、かけがえのないオーナーとの出会いをする場ともなりました。本当ならば、もっと会社の為に貢献するべきだったのでしょうが、これ出来事ばかりは仕様がありません・・・でした。

 平成26年6月2日の夜、僕は「どうするべきか? これからどうしていこうか?」考えることになりました。
そしてその方向性を、とあるオーナーとの交渉に委ねてみることにしました。

 「断られれば、札幌に戻る。受け入れてもらえば旭川で頑張る。」

 結果は、「佐藤さんがやるなら、管理をお願いする。」という答えでした。

 1棟、10室、一人のオーナーの管理契約から再始動は始まりました・・・。

 計画もなく、自信もなく、先の見えないスタートでしたが、僕はこの日のオーナーの信じてくれた気持ちを忘れません!!

 家族や親族、同僚、旭川の業界からの、反対と罵声の中から頑張りました。

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激動の一年

 「出会い」や「別れ」、「生まれ」た子供や「亡くなった方」・・・この第8期.36歳~37歳は人生でも1,2を数える激動の一年でした。

 しかし、振り返るといろいろな要素、出来事、人々のおかげで今の景色が見えているのだなと思うと・・・
 満足の一年でもありました。

 多くのオーナーが再びタワーの元に帰って来てくれました。新しいオーナーも加わりました。応援して下さるベンダーも増えました。
 私は旭川で株式会社タワーを発展させることを決心し、登記を札幌から現在の旭川市神居に移しました。

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40代は勝ち越したい

 さて、30歳で起業し、現在37歳。2勝11敗というところで30代は負け越した僕ですが、次は、40代での「勝ち越し」を目標に、今から着々と準備をし、3勝12敗で30代を終えたいと思っています。

 40代は30代の成功体験をそのまま引き継ぐだけではいけません。
 40代は軌道修正が迫られる時期です。対応如何によっては30代で積み上げてきたものを一気に失います。
消えていく人は、自分が成功したモデルに自信があり、時代に合わせて変化させることを嫌います。

 わたしは、30代で自分の事業を決定し、40代は時代に合わせて微調整し続ける。
 時代のニーズに即して事業を絶えずマイナーチェンジさせていく柔軟性が大事だと思います。
 自分が大切にしてきた価値を守りつつ、時代に合わせてアレンジすることが40代の過ごし方です。

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経営とは

 江戸時代に活躍した「近江商人」は信用を重んじ、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」の精神で活躍し、歴史に名を残しています。

 不動産に従事したての私にとって、お客様は「入居者さん!」入居者さんに喜んでいただくために、懸命にお部屋を探し、家賃交渉をし、契約条件の交渉をしました。当然大家さんにも喜ばれるはずと思って、契約金をもってご契約に行くとそんなに喜ばれている感じがしない・・・。入居者のためと思った家賃交渉は大家さんにとっては不愉快なことだったわけです。

 はじめてぶつかった疑問でした・・・。

1、大家さん

2、入居者さん

3、工事業者(ベンダー)さん

4、管理会社または不動産会社

5、世間や社会

 「五方よし」はないのだろうかと日々研究と研鑽をしています。

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全てに通じる経営がある

 さとう理容院は私の父、佐藤忠男が経営する個人事業です。昭和48年 北海道旭川市神居にて私の母佐藤和枝がひとりで始めました。その後、父と母は結婚し、ふたりで小さなお店を切り盛りすることになりました。それからはきっと平成5年までは順調に右肩上がりに売り上げは伸び、成長したのだと思います。

 父も母も、来店するお客様のカットをし続け、お金をいただいていたわけで、経営者として学んだり、勉強したりすることなく、ただただ働き続け、趣味やサークル活動に、お金を消費していたのだと思います。

 その後、年々売り上げは下がり、開店してもお客様は「0」という日も。その頃から私も、実家の家計状況が気になり、変革案や変更点を話し始めるようになりました。

1、駐車場に白線を引くこと

2、ティッシュを配布すること

3、店の周りを整え、町内でも有数の除雪をすること

など、お金をかけずにできることも考え実行しました。

 そして、いまは、病院や介護施設への出張床屋をしています。

 待ちの商売をしていた両親が、攻めに転じたのです。成果は出ています。

 さとう理容院の「五方よし」は

1、来店するお客さん

2、病院の患者さんや介護施設の入居者

3、病院や介護施設で働く人たち

4、さとう理容院

5、世間や社会

経営は神居の理容院でも不動産でも同じです。

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失敗から学ぶこと

 私は、成功者ではなく、失敗者です。失敗から学ぶコトは、成功から学ぶコトより現実的で、役に立つと思います。これまでの「経験」を生かした経営をしたいと思います。

 経営について学んだことはありませんので、これまでたくさんの本を読んで、実践してみて感じたことや成功や失敗の中で僕が学んだことがこれからの経営指針です。

 40歳まではまだまだ学べるはず。修行中です。経営についてたくさんの真理を学びたいと思っています。

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100年先を見据えて

 私は創業社長です。ともすればワンマンになる気持ちをいつも押さえることができるのは、100年先もタワーが続いて欲しいからです。

 これまでは、タワーは私「佐藤泰裕」の個人事業でした。しかしオーナーが増え、関係者が増えてくると、法人としてさらなる発展と安定を図る必要が出てきました。強靭な経営体質の構築のために、「株式会社タワー」を公の器と捉え、これまでの経験や勘、大切にしているコトを明文化し公表する必要が出始めました。
 実にありがたいことです。

 意外だなと感じるのは、創業時2008年4月1日に北海道札幌市中央区南7条11丁目にあるびっくりドンキー石山通店で考えたことと、2015年4月25日に北海道旭川市神居7条3丁目1-7で考えることはさほど変化していないということです。戦略や戦術というテクニック的なことは、日々変化するのですが、「心持ち」というか自分の中にある「核」となる部分はたいして変わってません。

 不動産業から軸足をぶらすことなく、自分の中の「核」に正直に従うことが、100年続くタワーの礎になると考えています。

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会社概要

登記名:株式会社タワー

所在地:北海道(ほっかいどう)旭川市(あさひかわし)神居(かむい)7条7丁目1番7号

資本金:300万円

設立:2008年4月1日

取引銀行:

北洋銀行札幌西支店・旭川中央支店

北海道銀行南一条通支店

旭川信用金庫信金西支店

関連会社

タワーホームサービス

代表 佐藤泰裕


【業務内容】
1、アパートマンションの営繕、修理
2、ハウスクリーニング
3、エアコン、ストーブ、家具家電販売
4、除雪、不要品撤去
創業 2014年6月3日

取引銀行:

旭川信用金庫西支店

関連会社

タワートランクルームサービス
代表 佐藤 泰裕


【業務内容】
1、トランクルームサービスの提供
創業 2015年5月15日

Statement
株式会社タワーの理念 Mission:お付き合いする全てのオーナーを勝たせること Vision:北海道で一番の管理会社になる。これによるスケールメリットをオーナーに還元する Strategy:…
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経営理念
弊社の経営理念は次の三点です。    第一には、「タワーの三つの約束」です。    第二には、「自主・hayai・変化の精神」です。    第三には、「100年先にも存在する企業」です。
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今期の活動方針
株式会社タワー 第8期(平成27年4月~平成28年3月)活動方針 1、管理戸数1000室 現在452室(管理契約開始前を含む)から1000室へ…
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タワーが描く理想像
タワーが描く理想像を説明します。
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ステークホルダー
株式会社タワーの協力者です
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よくある質問と答え
よくある質問と答え ・事業内容について ・statementについて
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